無農薬茶の山多園

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蛇の足(1)

山多園小猿郷の家は かやぶきの屋根です、白川郷のような大きな家でなく農家風の小さな家です、山の中では苔や草が生え傷みが早く雨漏りがするので自己流でトタンを乗せました。もう四十数年経ちますが無事持ちこたえています。かやぶきの家今は、ほとんど見かけられません。横の二階の下は茶部屋で、手揉みのホイロが4帖あり昔は茶師を雇い手揉みでお茶を作った時代もありました。大変だったと思います。今は1帖だけ保存してあります。

蛇の足(2)

昔の茶摘み風景 昭和15年頃  「お茶摘みさん」  
静岡の山間部落には、茶の実拾い、と云う言葉がある実は逢引のことで茶摘み唄にも(固い約束茶の木の陰で茶の木枯ても忘りゃせぬ)とある。お茶摘みが手摘みだった頃は一時に大量の人手が必要だったので平地の娘さん達が住み込みで大勢雇われた、川根地方山奥の部落でも海岸沿いの村から来てくれた、何も娯楽の無い時代のこと村の青年たちは夜茶摘み娘のところに遊びに出かけた、家の主人に気付かれないようそっと内側から雨戸を開けて待っていたとの話も有ったそうだ。地元青年と茶摘み娘と結ばれることも多かったようだ、茶の実拾いが実った(茶縁)である。

蛇の足(3) お茶摘み娘さん 「パート2」

家の古いアルバムに綺麗な娘さんの写真があります、お茶摘みさんとのこと、しゃれた写真で「花の北京の~、、、、花は九つ願いは一つ」と当時流行った歌の歌詞が書かれています。昭和14,5年頃20歳代で綺麗な娘なので載せました。 私が家の仕事を手伝うように成った頃もお茶摘みさんが来ました年配の方と半々で娘さんも来ました、茶畑に花が咲いたように姉さんかぶり菅の傘で綺麗でした、家の中もにぎやかになり心ウキウキです、近所の家へ夜お茶摘娘さんの所に遊びに行った事も有りました、卓球とかトランプで2時間位過ごし帰ります。私はウブでまだ10代(茶実拾い)は出来ませんでしたがほのかな香り(思い)は、、、、。お茶摘みが終わると次の日ゆっくり休み娘さん達は洗濯や帰り支度、近くの川へ散策、山へ野イチゴ取りなどし夜は「ホイロあげ」といってご馳走を作りお茶摘みさん達の労をねぎらいます。次の日別れを惜しみ帰っていきます、昭和35,6年頃には手摘み時代も終わりました。今思うと是も良き時代だったのかと思われます。茶の実拾いが出来なくて 残念

蛇の足(4) 大井川鉄道(川根本町を走るSL)

SLはいつ見ても感動する、煙をいっぱい吐いて登りをあえぎながら走る姿はまるで生き物の様だ。その大井川鉄道が!社長の話を聞く機会があった、ローカル鉄道はどこも同じ大変です、収入の大半が一日二便のSLの収入とのことびっくりです、処が東日本大震災後観光客が減り又中央自動車道のツワーバス事故でバスの一日走行距離規制で又ピンチで赤字になり普通電車が今まで一日14便が7便と半分になりました、美人湯で知られる寸又峡温泉のある川根本町の観光や通学通勤に大打撃です、何とか成りませんか、皆さんSLに乗って寸又峡温泉に入って若返りませんか、そして山多園のお茶を飲んで 幸せに。

蛇の足(5)大井川鉄道待望のトーマス走る

SLトーマス君人気上々夏休みは特にすごい人出です鉄道沿線 各駅にカメラマン終点の千頭駅はトーマスフェアーで今ホットスポットです。期間限定一日一便の運行ですが大井川鉄道の赤字解消なるか、トーマス頑張れー。

蛇の足(6) 小猿郷 秋風景

山多園の里小猿郷のイメージ絵です、山の雑木林では炭焼き窯の煙が立ち上り 庭先にはムシロで椎茸を干し鶏が遊び 子供たちはの川で紅葉の葉を流して遊んでいます、昭和30年以前の風景です、♪兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川♪誰もが知っている唱歌、(故郷)を思い出す懐かしい風景です。

和田大寛著 山からの手紙 11月秋風景 より